有文舎だより ♯0
実は、身内界隈に「有文舎だより」なる瓦版を配っています。
オンライン講座「有文舎」のコンテンツ、有松遼一の演能情報などを載せた簡単なペーパーですが、
冒頭に、小さなエッセイをおまけとして毎回付録しています。
そのエッセイを、この場を借りて公開していきたいと思います。
読み物としてお楽しみいただけたら幸いです。
「0のはじまり、1のはじまり」
有文舎から通信を出すことになった。
あるジャズピアニストの方と知り合ったとき、一色刷りの、公演予定がダダダッと書いてあるDMを頂いて、静かな強い衝撃を食らった。手書きで、勢いがあって、思わず各々の手帳を開かせる力があった。
いいな、真似しよう、と思った。せっかくなら有文舎のブランドコンセプトに沿って、デザインや、内容にもこだわって作ってみよう。
そう思っているうち、やがて月日は流れ、いよいよ億劫になり、「いつかやる」という透明で厳重な包みのその案件は、机のどこかに埋もれてしまった。
みんな、いつかはやりたいと思っていることを、胸のうちに2、3は秘めていると思う。「0のはじまり」とも言えるだろうか。このキラキラした夢のような思いは、私たちの日々の生活に見えない力を与えてくれている。
しかし、0には2を掛けても、100を掛けても、0以外の実体になることはない。土から芽を出し、増やし、広げていくのには、コペルニクス的でナイアガラ的な断絶がある。崖上の人は「大丈夫、早く上がってこい!」と言うかもしれないが、下からの切り立つ眺めは、なかなかのものなのだ。妻が、有文舎の通信をデザインしようか、とある日言い出した。こだわりのうるさい夫が、崖下でうろうろしているのを見かねたらしい。
世間様の目にふれるものなので、有文舎ブランドとして、なにか貫くものを保ちたかった。妻という人は、突破力は人並みはずれたところがあるが、継続力に心配な点がある。
でもそれも含めて、丸投げしてみることにした。おもちゃの片付けも、細かなところはともかくまずガサッと箱へ投げ入れろ、とか言うし。怒られるか。
そしてこの通信が生まれた。これは「1のはじまり」。無限を感じる0もいい。だが1も、かけがえのない愛おしい数字だと思う。
有文舎の、この小さな1のはじまりを温かく見守っていただければうれしい。よろしくお願いします。
2024年9月発行「有文舎だより」

